「桑乃木」の土壁

定山渓第一寶亭留 翠山亭にある炭火食事処「桑乃木」。
館内にある3つの食事処の中でも最も広く、多くのお客様にご利用いただいていたメインレストランです。
長らくご愛顧いただいた「桑乃木」は、2023年2月に一部のリニューアルを経て装い新たに生まれ変わりました。

食時間をもっと豊かに

今回の工事は、フルリニューアルではありません。
もとある桑乃木の風合いをいかしながら、「調和」を目指した内装に仕上げました。
そして、翠山亭が大切にしている「食の時間」をもっとお愉しみいただきたいという想いから、調理の様子をご覧いただけるオープンキッチンのカウンター席を新設致しました。
日中と夜とでは、がらりと雰囲気が変わります。

桑乃木に足を踏み入れるとすぐに、4メートル50センチを超える幅で描かれた土壁がみなさまをお迎えいたします。
ここから先は、職人との出合いから土壁の制作までのお話です。

北海道・浦河町「野田左官店」へ

桑乃木リニューアルの完成予想図を考えながら、私たちは年明け早々に北海道南部にある浦河町へ向かいました。
訪れた場所は、左官職人の野田肇介さんが主宰する「野田左官店」です。

土や藁(わら)などの自然素材を使い、日本の伝統工法によって作られる土壁。
野田さんは、伝統を守りながらも新たな表現手法を追求する、現代の若き左官職人です。

自らが山に行って土を採取し、つなぎ目になる藁や草の配合を変え、そして、その土地の気候風土や土の性質に向き合いながら鏝を握る。
その真っすぐな姿勢に魅了され、今回の桑乃木リニューアルプロジェクトに参加して頂きました。

浦河町の工房に広げられている土壁のサンプルを手にしながら「この黄色い土は旭川の土で…、これは何万年もかけてできた色で…、これは大樹町の土で川や砂利や断層の中からわずかに採れるんです……」と、次から次へと説明してくれます。
土を語る野田さんの姿からは、自然に対する敬意と愛情、職人としての誇りがひしひしと伝わってきました。

私たちは土の表情の豊かさと力強さに圧倒されながらも、自然のエネルギーを感じられる野田さんの土壁は、炭火食事処「桑乃木」にとって重要な役割を持つことを確信しました。

定山渓の土を使った壁

2月中旬。「桑乃木」での塗り作業は2日間にわたって行われました。
今回使った土は、定山渓の敷地内の土を実際に掘り起こし、ほかの北海道の様々な土と合わせたもの。

1日目に塗った下地の上に、全身を使ってダイナミックに土を重ねていきます。
野田さんの頭の中にあるイメージ通りに仕上げるためには、湿度や温度、素材のコンディションも大きく関係します。
どんどん進む土の渇きと対峙しながら一分一秒も無駄にできない塗り作業。
黙々と、そして颯爽と鏝を動かす職人仕事を、私たちは少し遠くから静かに見つめていました。

塗り作業が終わったあとも、数日間乾かしていく間に表情が変わる様子を愉しみながら完成を待ちます。

土の力と左官職人の技が凝縮された作品は、新生「桑乃木」にも調和しています。
完成した土壁は、是非ともご来館された際に直接ご覧いただけると幸いです。

野田さんは、2023年初夏に定山渓温泉に開業する第一寶亭留9番目の宿「翠巌」プロジェクトにも参加していただく予定です。
お客様にとっての旅が寶物(たからもの)のようなひと時になりますように。
北海道の職人たちとともに、楽しい時間を創造できるよう精進して参ります。

野田肇介氏について

1978年北海道浦河町生まれ。
小学生時から父の元で左官業の手伝いをして育つ。
世界的に活躍する日本屈指の左官職人
久住有生氏に衝撃を受け25歳で弟子入り。
その後浦河町へ戻り野田左官店にて土の仕事を始める。
北海道をはじめ日本各地で
その地の土を生かした土壁を手がけるとともに、
文化財修復、アート制作、ワークショップまで幅広く行い、
土の魅力と伝統技術を広めることに力を注いでいる。